瀬戸本業窯7代目水野半次郎作の馬の目皿の通販。瀬戸伝統の石皿、馬の目皿を今も伝統にのっとり作り続ける民窯瀬戸本業窯の手仕事。



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瀬戸本業窯 馬の目皿


馬の目皿は、江戸後期(19世紀初)に庶民用の日用雑器として、
瀬戸・洞地区を中心に生産されたと言います。

石皿という、名前の通り石のように重く、厚いものが人気だった時代が瀬戸にはあり、
その名残として石皿を簡略化させたものが馬の目皿と言われます。

素地はやや厚く、柔らかみがある。石皿そのものほどではありませんが、
どっしりとして迫力があり、とても男性的な器である印象を受けます。
釉薬は淡白色で目には主に鉄釉を使用します。

当然ながら馬の目は1つ1つ手書きであるため、どれ一つ同じ表情はない。
昂揚したかのような馬の眼を髣髴させる渦巻きは、生き生きとしてとても力強い。

幕末には石皿に取って代わるほどの日用雑器として発展したようですが、
その焼成は明治初期で終焉を迎えます。

大正時代の民芸品志向の運動によって再び脚光を浴びる様になり
現代でも、骨董としてコレクターが多い器です。


馬の目皿 馬の目皿 馬の目皿
現行の馬の目皿。瀬戸本業窯にて。 本業窯に残るかつての馬の目&石皿。 窯垣の小径の資料館にて。


柳宗悦が見た、瀬戸の焼物


民藝運動の創始者である柳宗悦は著作の中で瀬戸の焼物をこう評してします。

「この瀬戸ものにはあらゆるものがあります。
もとより轆轤(ろくろ)を用い型物も作ります。
中で昔から近所近在に行き渡って使われている雑器は紅鉢といわれる大きな深めの鉢であります。
また「石皿」と呼ばれる径一尺前後の浅い大皿であります。
旅籠屋や煮売屋を始め、どんな台所ででも重宝がられました。
この皿には皆巧みな絵を描きましたが、いつしか耐えて今は無地ものばかりであります。
(以下略)」

瀬戸の巧みな手書きを細く、しかし長く伝えてきた瀬戸本業窯は只今7代目と8代目。
レプリカのような馬の目皿も市中で見かけることがありますが、
こちらは、きちんと伝統を継承しています。

皿の仕上がりの良さと美しさを見れば、このお皿がこれから
数十年使われていくことに耐えうる皿であることは明らかです。


馬の目皿を使ってみる

馬の目皿を実際の生活で使ってみました。

驚くことに、和・洋・中、本当に何にでも合うのです。

馬の目皿


馬の目皿を初めて見た時、使いにくそうだなと思いました。
何かであった事の無いジャンルの器かな、と。
でも水野さんのところの資料館で古いものを見た時、
雰囲気があるな、と思ったのと、
そんな古いものみたいに「育つ」と楽しいだろうなと思い、
一枚自分用に持って帰ってきました。

使い始めてみるとその使いやすいさには驚かされました。
料理の種類を選ばない、というのが一番の特徴なのですが、
平皿ではなく、適度な深さがあるので、少々汁気のあるものも全然問題無いし、
少し高さを出して盛りつけするととっても盛り映えして、それだけで
いつもの料理がなんだか気品高くなるような気がする。

フチに厚みはあるんだけど、ゴツいというわけではなく、
どちらかというと安心感がある。ちょっとやそっとじゃ欠けなそう。

右の写真のように、今は3色のラインナップがあります。
黒、鉄釉(焦茶)、そして紺。
気分に合わせて使い分けても。また大きさによって色を分けても。


下の写真のように、和食なら刺身ももちろん良い。
浅鉢のように、おでんやら煮物やらを盛りつけても雰囲気が出る。
魚の煮付けには当然ぴったり。

中華なら麻婆豆腐なんかも良いし、炒め物全般。

パスタも良いし、ポトフなんかでも。

ぶっかけ飯系のワンプレートにはもってこいのサイズ。
カレー、中華丼、オムライス、なんでもいけちゃう。

表面にツヤがあるから、フォーク、スプーンが当たっても嫌な音もない。
これ、けっこう大事だったりしますよね。

それとこの器、ファブリックも選びません。アフリカでも北欧でも、
もちろん日本でも。そんな訳でうちの4番打者。つまり頼もしい奴です。



馬の目皿

馬の目皿


柳宗悦の言葉にあるように、どんな台所でも重宝がられるという、まさに民藝の思想を表す器と言えるでしょう。