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やちむん


みんげい おくむらセレクトのやちむん



やちむん、という名がつくだけで、
あるいは沖縄の焼き物というだけで、
モノが売れる時代がいつまで続くのだろうか。


上のうつわは、
北窯の宮城正享さんのもので、
2014年にNHKの「あさイチ」に出演したときにも、
撮影に使ってもらった思い出のもの。

そのうつわに、
近所のスーパーで買ってきたちくわの磯辺揚げを乗せただけなのだけど、
(しかもはみ出しているけれど)


やっぱりこの皿がいいな、と思っている。


見ての通り、
フチが分厚い(フチだけでなく全体も分厚い)。

そして歪んでいる。


この分厚い作りをしても歪むのか。


やちむん
(工房での宮城さんの作陶風景。六寸マカイだろうか。すでに分厚さが感じられる。でも、これが良い。)



さて、話を本題に。


当店みんげい おくむらでは、
何でもありな沖縄の焼き物の中で、
琉球ガラスも何でもありっちゃありなんですが)


私、奥村が好きなものを突き詰めています。


それは、
なるべく伝統を残し、
なるべくじっくりと焼かれ、
なるべく土地を表しているもの。


そう言葉にできるかもしれません。


伝統を残し、
というのは、

地元の土であったり、地元の天然の素材や鉱物から釉薬を作ったり、
蹴ろくろであったり、
薪の窯であったり、
という部分であり、
(事実として、地元の土や薪は年々確保しにくくなっている)


なるべくじっくり、と言うのは、
薪の窯に限らず、
ゆっくりと焼かれたもの。
ゆっくりと焼かれた焼き物に宿る風合いの良さ。


そしてなるべく土地を表すというのは、
上記のことを兼ね備えたうつわに宿る、
その土地らしさ。
沖縄で言えば、沖縄らしさ、です。


沖縄らしさというのは、
表層の模様や加飾、色のことではない。


例えば、
コバルトという鮮やかな青は、
現代沖縄の大きな特徴とも言えるかもしれないが、
(唐草文様に代表される)


僕はケバケバしい青が苦手で、
コバルトの器を積極的には仕入れない。


やちむん
(これは呉須の唐草の大皿。北窯松田米司さんのもので2015年か2014年だったはず。私物。)



うつわ単体で見ると、映える(ばえる)かもしれないが、
どうにも他の産地のうつわと合わせた時に、
テーブルの上で主張が強すぎる。



これはB品なのか?




また、
じっくりと薪で焼かれた焼き物の特徴として、

ゆがみ、
窯の降りもの(灰や土の付着)がある。

やちむん
(照屋窯のうつわ。蓋ものの蓋にも、マカイと呼ばれる碗にも灰の付着があるけれど、それも含めて美しいと思える。)



これらは、用途を損なわない限り、
できるだけ、
そのうつわの個性として許容している。


もしそれらを不良品としてしまうならば、
焼き物を見る目が無い。

焼き物の面白さは、
焼きが強すぎるときにもあるし、
逆に焼きが甘いときにもある。


その面白さを伝えていきたい。


また、
沖縄の土の中には、
珊瑚が潜んでおり、
これがお手元に届いてから、
うつわの中で弾けることがある。
(上焼・荒焼に限らずどれにでも起こりうる)


やちむん
(こんなふうに、ぶつけた訳でもないのにポロっと欠けて、中に白い石のようなものが見えたらそれ。)


そんなに頻繁に起こることではないけれど、
これは起こらないかもしれないし、起こるかもしれない。
はっきり言ってそれはわからないのだ。


だから、もし起きた時、
おだやかに受け止めてもらいたい。
そこからがまたそのうつわの新たな表情なのだ。


生まれたときになかった
ほくろやシミ、
そんなことだと考えてもらえたら嬉しい。


そんなわけで、
ただ可愛いやちむん、綺麗なやちむんを探している人には当店のセレクトは向かないでしょう。


誰にでもウケるものを扱いたいとは思っていません。

特にやちむんというものがあやふやなこの時代にあっては。


当店の扱いのものこそがやちむんだ、民藝だ、
と言い張るつもりもありません。

ただし、
その美しく、強い部分をくっきりと抽出しているつもりではあります。




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